「楽しみながら この道」

今、私の目の前には 白い紙、筆、絵の具が並んで出番を待っている。

一日のうち何時間かは ここに座って机に向かうのである。

自分に合った筆、サインペン、エンピツ、それに気に入った紙々が手の届くところに

声がかかる出番を待っている。

これが仕事と言ってしまえばそれまでだが、

私的には遊び それも大好きな幸せ感あふれる ひと時なのである。

考えてみると お金をもらってやりたくない仕事でも時間までやるのが仕事と思っていた。

そしたら今私は 遊びを楽しみながらお金をもらっている「不届き者」なのである。

絵も講演会も風の丘の花の手入れ、大変でしょうと言われている小鳥の世話 

みんな楽しい遊び。

けっしていいかげんにやっているから楽しいのではない。

ささいな事でも私は全神経を集中して事に当たらないと何ひとつ出来ないのである。

そして自分で描いた作品に自分で値段をつけ講演会も相手様と契約書を交わし お金を提示し

納得してから出かける 私の仕事だ。

最初の頃は 手が不自由になり 全部のことを人のお世話になってる

私がやる講演会も楽しんで書いてた絵も 

いつもお世話になってますから とか 心配されなくてもいくらでもいいですよ

と恰好つけてやっていたのだが 

幼稚な私は自分との出来上がった絵を

すごいすごい いい絵だ いい絵だと喜んで

嬉しくてたまらないものだから 私なりの値をつけたところから始まっている。

講演会にいたっては その分野のプロの先生達やその企画をしてる会社の人が

これくらいの金額でいいのでは とアドバイスしてくれたところから始まっている。

美術館を自分で造る夢に全力で向かっていた私は、

会場で聞いてくれたお客様が 

よかった 今日 ご縁で話を聞かれてよかった

と思っていただかなくちゃ次の依頼はなくなるぞ と必死も必死。 

毎回自分の話をテープに録音し聞いたものだ。

ただ次の日は それを踏まえて壇上に立ったものだから 

緊張の中にもそれがだんだん楽しくなってきた。

楽しく遊び、そして評価してもらい お礼をいただく。

花値には笑顔がいっぱい集まり、野菜畑にできたジャガイモ、サツマイモ、落花生まで

収穫の喜びをみんな味わえて、仕事、遊び、食べて

うれしいご褒美を幸せとして感じているのである。

でもやっぱり基本的にはささいな事でも喜ぶ心が一番と思っている。

何の喜びの尺度をお金で計る必要もないし 

ほんのちょっとのことで大喜び出来る人達との会話は楽しい。

老いが始まり 忘れものが多くなる昨今、

この声を出して笑える場にいれる

自分に感謝している。

館長 大野勝彦

天国からの手紙

勝彦、

お前はあの時「まだ死なれん!」と叫びながら 私をひきちぎった

それまで四十五年 あれほどお前につくして来たのに 何の相談もなく...ひどい奴だ

でも心配すんな 今はそんなこと思ってないぞ

その残った体で頑張っとるもんな グチなんか一度も聞いたことないもんな

それより その残った体で他の人が喜びそうなことはないかと飛び回っている 

いいネ!

お前は切った両手に申し訳ないと折につけ 手を?合わせているが 

反対に私からすれば切られ甲斐があったと思っている

物をつまむ にぎる 冷たい 温かい やわらかい かたい それに手で触る感触

その当たり前が ありがたかったといつも思ってくれてるもんな

手を持ってる人に「あなたはすごい宝物もってますネ」と伝えてるもんな

私達 天国の手の世界では 

「勝彦さんはいい事言うなぁ」 と皆んな手をたたいている

私も鼻が高いぞ

私は火葬場で焼かれる時

「勝彦の人生これで終わったな」

と思ったな

でもその思いをみごとくつ返し生き上がったのが

私の 勝彦 だった

そこから新しい世界が始まり、全く違う道歩いとるもんな

これまで見えぬものは分からん はっきり言わんとわからん 人の気持ちとか知ったことかと 

目先の自分のことばかり考えていた男が...

手で出来ん分 感じる心、ヒラメキ がとぎすまされてナ

人間本来の動物としての大切なものが... よみ返って来たんだろうナ

もっといいのは出逢った「人の似顔絵書き そこに言葉を添える」

楽しみながらの生き方が いつしかそこに見えるものが読みとれるよう になったことだ

うらない師でもなく ただの手無しのオッサンが

「なぜ分かるのですか」「他から聞いてきました 私にも言葉を」

と言われるようになって 

空から見ていてこっちも嬉しくなってナ

でもお前のいい所は 決してその人へのマイナスのことは言わん いや書かんもんな

これから起こるであろう さけたほうがいいですよとか 危ないですよ 

心配ごとをあおって 人集めをし 物を買ってもらって商売する人もいる中 

それはしないのが本当だ

話はちょっとそれるが 

「明日は雨でしょう」 まではいいが 「一週間後は歴史始まって以来の大台風が来ます」

そんな報道をテレビでやっているが あれはおかしい

みんなが計画を中止したり 仕事を休んだり 準備が大変

そしてその当日「台風はそれました 良かったですネ」

なに! どこがよかった 仕事を休みにして 人の動きが止まって 迷惑している人に

どう言い訳するのだ である

あなた顔色が悪いですよ 何かありますよ この薬飲んだ方がいいですよ そんなもんである

いい事をしてやった 言ってやった そこをはき違いしないようにしたいものだ

限られた人生 大切なものを無くすのは辛い事だけど 

そこから始まる新しい出逢い 心にしみる他の人のやさしさ 

これこそ本当に困らないと 素直に受けられぬ 

一番大切なものなのかも知れないナ

自分に出来ることを 必要とされることを 

全力でやる 笑顔で生きる 

それを心に持ってるお前にカンパイだ 

お前の作品 そし生き方を見てると 

俺が切れてやったから 命残されたお前 そしてそこから得た 心からのありがとう 感謝の心が 

「風の丘の美術館」 になり生きている

今日は その 1ページ だ

俺は ずうっと空から見て来たぞ

こんなこと言うのは 最後と思うから言っとくぞ

よかった よかった

そしてお前の作品の 一番のファンは俺 いや私だ

もっともっと喜んでもらえるよう 頑張れ!

  ~切られた天国の両手より~